60秒の映像表現

オランダの「ワンミニッツJr」というビデオフェスティバルでは、12歳~20歳の若者たちが制作した60秒の作品を世界中から集めて毎年フェスティバルを開催している。
24時間の長尺作品が国内某フェスティバルに出品されて話題を呼んだ昨今、未成年が対象の催しとはいえ、1分間という作品の長さ制限は、作る側にしてみると耐え難いくら いの窮屈さを感じさせるのではないだろうか?

その代わりにフェスティバルでは大きなものが保証されている。それは表現の自由。時間制限を遵守すれば、表現の創造性には横槍は入れないのだそうだ。

そんな自由と不自由とが同居する「ワ ンミニッツJr」には2002年の開催以来、通算2837本もの60秒ビデオが応募されてきている。1作が短いとはいえ全部繋げれば2837分=48時間分もの超大作になる。試みに視聴してみると、自由と不自由が良い塩梅に効いて楽しめる。世界中から集められた若さあふれる百花繚乱に食傷することもなく、表現は多彩で、尺は潔いから飽くことがない。

ふとそのときに60秒の不自由は、陳列のための単なる足枷ではないと気がついた。できうる 限りたくさんの若者に表現する自由をかつ体験し、かつ共有してもらいたい。そんな切実さからでた「瓢箪から駒」の 一手なのではないか?
「ワンミニッツJr.」の作品はフェスティバルのサイトで見ることが出来る。http://www.theoneminutesjr.org/

CREAMはコンセプトだった

CREAMをぎりぎり覗き見。
出立の前にチラシを見て「なんで英・日で名がちがう?」と思ったのです。

日=ヨコハマ国際映画祭
英=CREAM- Creativity for Arts and Media

藤幡正樹さんの電撃不参加宣言があったので、
その因とかも少しはわかるのではないかと薄ら期待をしつつ。
巨大展覧会にたいする倦怠をかかえつつ、会場へ。

ふたつの会場は、
BankARTにアート的な映像表現をまとめて、
新港ピアにより広い意味での映像の可能性を見る場が設けられていた。

BankARTは、シネコンならぬアートコンプレックスのような雰囲気の場となっていて賑やか。美術館のような静寂の中での作品鑑賞とはゆきません。でもわりと、うまく展示・構成されていたと思う。

気に留まった作品をリストすると、クリスチャンマークレーの「ビデオカルテット」、ポーリン・オルトヘテン、シャンタアル・アカーマンの作品、ワンジャン・ウェイ「人質」、山川冬樹「ボイスオーバー」、アルフレッド・ジャーの「静寂の音」、デュエル・ホプキンスの「サンデイ」、志賀理江子の「カナリア」。それと、「作家が出品を辞退したため、この作品はご覧になれません。」の立て看板。

新港ピア。IMAXばりの巨大スクリーン・シアターとラボスペースがすごい。特にラボスペースは活気にあふれていて、「祭」の趣があり、大人たちの「児童館」の様。ラボで鈴木クリさんに遇うことができて心躍る。人類学のなかで映像をどのように使っているかについて、映像人類学の川瀬慈さんの作品上映と講演が巨大シアターであったのでラッキーと思い拝聴。エチオピアの吟遊詩人ラリブロッチの夫婦を追ったドキュメンタリ、エチオピアの子供達をとらえた短編がすばらしかった。お話はいまいち。もう少し深く話してもらったらうれしかったのだが・・・。

ヨコハマ国際映画祭、思いもよらず長居ができる、祭りでした。
新港ピアの展開は、日本の「美術」という枠だと難しいのかな。
わりと作る人と見る人と近かったのが、ラボの雰囲気に反映していたんだろう。

次の映像祭は恵比寿。
こちらは美術館主体のお祭り。
第3回目にどのようになるのかな、期待。