CREAMはコンセプトだった
月曜日, 11月 30th, 2009 Posted in words | No Comments »CREAMをぎりぎり覗き見。 出立の前にチラシを見て「なんで英・日で名がちがう?」と思ったのです。 日=ヨコハマ国際映画祭 英=CREAM- Creativity for Arts and Media 藤幡正樹さんの電撃不参加宣言があったので、 その因とかも少しはわかるのではないかと薄ら期待をしつつ。 巨大展覧会にたいする倦怠をかかえつつ、会場へ。 ふたつの会場は、 BankARTにアート的な映像表現をまとめて、 新港ピアにより広い意味での映像の可能性を見る場が設けられていた。 BankARTは、シネコンならぬアートコンプレックスのような雰囲気の場となっていて賑やか。美術館のような静寂の中での作品鑑賞とはゆきません。でもわりと、うまく展示・構成されていたと思う。 気に留まった作品をリストすると、クリスチャンマークレーの「ビデオカルテット」、ポーリン・オルトヘテン、シャンタアル・アカーマンの作品、ワンジャン・ウェイ「人質」、山川冬樹「ボイスオーバー」、アルフレッド・ジャーの「静寂の音」、デュエル・ホプキンスの「サンデイ」、志賀理江子の「カナリア」。それと、「作家が出品を辞退したため、この作品はご覧になれません。」の立て看板。 新港ピア。IMAXばりの巨大スクリーン・シアターとラボスペースがすごい。特にラボスペースは活気にあふれていて、「祭」の趣があり、大人たちの「児童館」の様。ラボで鈴木クリさんに遇うことができて心躍る。人類学のなかで映像をどのように使っているかについて、映像人類学の川瀬慈さんの作品上映と講演が巨大シアターであったのでラッキーと思い拝聴。エチオピアの吟遊詩人ラリブロッチの夫婦を追ったドキュメンタリ、エチオピアの子供達をとらえた短編がすばらしかった。お話はいまいち。もう少し深く話してもらったらうれしかったのだが・・・。 ヨコハマ国際映画祭、思いもよらず長居ができる、祭りでした。 新港ピアの展開は、日本の「美術」という枠だと難しいのかな。 わりと作る人と見る人と近かったのが、ラボの雰囲気に反映していたんだろう。 次の映像祭は恵比寿。 こちらは美術館主体のお祭り。 第3回目にどのようになるのかな、期待。
RAZZLE DAZZEL since 1660, maybe.
月曜日, 6月 2nd, 2008 Posted in words | No Comments »ケン・ジェイコブスの "RAZZLE DAZZLE the Lost World" をみた。とてもよいビデオで、とても気に入る。折しも、スーダン、ソマリア、南アフリカで起きている暴力の連鎖について考えていたところ。アメリカ大陸の植民地化と原住民の駆逐。アフリカ大陸の植民地化と奴隷貿易。日本のアジアへの侵略戦争。色々と、ちらかして考えていた出来事たちにうっすらと連鎖が見えてきた。読みたいと手に取る本、観たいと足をはこぶ映像は勘でえらぶことが多い。そういうのも実は見えない鎖で、はじめから繋がっているんだろうか。 そういえば5月30日にTICAD IV が閉幕するまで、日本では南アフリカでの暴力の報道がひかえられているようだった。ま、これも勘ですが。
はしりがき
木曜日, 11月 8th, 2007 Posted in words | No Comments »「様々な実験により現れる光。芸術家は作品の完成を試みるが、それ自身は形態としても理念としても全きものではない。であるから、自らつくり出すそれらの像を、不自然な論理で擁護することはさけなければならない。」 机を片付けていたら見つけた走り書き。